愛をもって中今を生きる。

平凡な主婦が自分軸に目覚めた軌跡

八百万の神という日本の感覚

日本には八百万の神(やおろずのかみ)という感覚があります。
八百というのは、たくさんの、という意味です。
八百屋(やおや)とか
嘘八百(うそはっぴゃく)とか
昔から使われている言葉からわかります。
つまり、たくさんの神様というのが八百万の神という意味で、古来多神教のような感覚があるのです。

日本人は無宗教な人が多いと言われていますが、初詣いったり教会で結婚式をやったり、お寺で法事をしたりと、なんだかんだいろいろな宗教チックなことはやってるのです。
これは日本の感覚が昔から多神教的だからではないでしょうか?
いろんな神がいて、それぞれを受け入れているのです。
これは国民一人一人にも、この多様性の感覚をもって古来生活していたと思います。
いろんな人がいて、それを受け入れて和を大切に生きてきたのです。
誰かが、なにかを決めてそれに従っていくピラミッド型ではなく、
みんなで相談して、さまざまなことを乗り越えていた。日本はそういう国民性なのです。

戦後、その感覚は失われてしまったように思います。
どの組織もピラミッド型になってしまった。
どの人も組織の上に行こうと必死になったり、組織からはみ出したりする人を非難したりして生きてきてしまいました。
でも、それは本来の私たちではありません。
私たちは多様性を受け入れてきたのです。

今緊急事態宣言下で
ピラミッド型のロックダウンができないことを、問題視している人々がいます。
強制ができず、要請だけでは従わない人がいることを非難している人もいます。

でも日本は個々が考えて行動するだけで、これだけ感染被害が少ないことを世界は驚きをもって注目しています。
守らない人もいるでしょう。でも全体的に、平和的に解決しているのです。
世界も真似できない状況です。
これが日本の本来の強さであり、真の姿なのです。

一部の人はまだ日本の本来の良さに気づかず、
欧米諸国のやり方を模倣しようとしています。
やっぱり政府に力を与えて強制できるようピラミッド型にするべきだ!という人がいますが、早く目を覚ましてほしいです。

日本は昔から、多様性を受け入れる度量のある国民の住んでいる、和をもって尊しとなす、そういう国です。