愛をもって中今を生きる。

ある主婦の日常と愛の哲学

常識というのは洗脳かもしれない。

常識的な人というと、他人様に迷惑をかけず、社会的でルールや約束をしっかり守れる。
そんな人でしょうか。

社会人としては出世エリート層。
学校では優等生。

教育では誰もが将来常識人になれるよう、校則やルールで子どもたちを訓練しています。
少しでも逸脱したらたいへん。
先生に叱られたり、いじめの対象です。
誰もが組織のトップに従えるよう、小さい頃から教育しています。そして、連帯的にそれが正しいこと、と洗脳していくのです。
その教育ですっかりできあがった大人たちは、
また子どもたちにそれが正しいこと、と教えます。
そうやって何世代にもわたり、洗脳されているしていることも気づかずに引き継がれています。

それは私も同じ。
私もその洗脳の中で育っています。
つい、社会から逸脱しないよう、組織に馴染むよう、空気をよむ訓練をつんできました。

しかしこの常識人であるべきというのは、洗脳だと気づくことができました。
誰もが個性的で素晴らしい存在。
個性が最初で組織はあとです。
個性を押し込めて成り立つ組織には、その組織に存在の意義があるでしょうか?
一部の組織のトップの意思にただ従わせるだけの組織には、いてはいけないのです。
私たちの社会には、そんなトップのためにある組織だらけです。でも私たちは洗脳されているため、その組織の中で黙って従うよう訓練されています。
でもそれは私たちの幸せにはつながらない。

はっきり気づくべきです。
自分を大切にするべきだと。
あなたの個性を押し殺す必要はありません。
生まれたそのままで素晴らしいと自分で認めてほしい。
社会のルールや空気に従うだけが正しいわけではありません。
時にはあなたのやりたいことは、理解ができないことだとしてもやりたいならやるべきです。
ただし、誰かのためになることをやることが大切です。
自分がやりたいことで、誰かの役にたてるはず。
常識人でいる前に、個性の自分を発揮して、誰かを幸せにしましょう。目を覚ましましょう。
連鎖をここで立ちきりましょう。